先日より設置の始まった防護構台、次は最初の部分のすぐ東(画面左)側に取り付けられるかと思いきや、1列飛ばして西(画面右)から3番目の部分にできました。西から2番目の部分は支柱となる鉄骨を両隣と共有するような形になるのかもしれません。
さて、昨年4月に現場の観察を始めた当時から私が気になっていた場所があったのですが、ついにそこに変化が見られました。
この地下に続く階段は、業平橋駅と地下の押上駅を結ぶ連絡通路の名残です。
いま現場となっている場所はかつて東武伊勢崎線の貨物ヤードだったわけですが、それが段階的に廃止され、代わりに1990年ごろには業平橋駅の3番・4番・5番ホームが設置されたそうです。いまのこじんまりとした業平橋駅からは想像もできませんね。で、それらの新ホームからは、この連絡通路を通って京成押上線・都営浅草線の押上駅に行くことができたのだそうです。私は両駅の当時を知らないのではっきりしたことはわからないのですが、想像するに、現在の押上駅A2出口から入った突き当たり
の部分につながっていたのではないでしょうか。2003年3月に地下鉄半蔵門線が水天宮前から押上まで延伸し、東武伊勢崎線との直通運転が始まると、この連絡通路は廃止され、業平橋駅3〜5番ホームも撤去されたということです。
おそらくまだ連絡通路自体は残っていると思うのですが、東街区の工事にあたって、連絡通路とこの入り口は邪魔になるので、いつかは撤去されると思っていました。ついに入り口のシャッターが開いたので、いよいよ撤去工事が始まるようですが、かなわないことだとはわかっていても、埋めてしまう前に一度はこの連絡通路を通ってみたいものです。